オリオン大星雲...星々と、それを生み出した分子雲が織りなす、素晴らしい星域。

光りと影のコントラスト、さまざまな色彩の乱舞、なんと美しい空間なんだろう。

薄い羽衣のような薄紫のヴェール、密度が高くなったガスのシルエット。生まれ出た恒星風によりかき乱され、せめぎ合うガスの流れ。そして誕生間もないトラベジウムから放たれた電子の流れが、中央に巨大な空洞を穿っています。ひとつひとつのガスの形状とそれを起こしたであろう星々に目を向けると、そこには沢山のドラマが潜んでいる。力のせめぎ合いが密度の不均衡を生み、そこに光りが灯る。ここはまさに星々の誕生の現場です。


M42、実はオリオン座に広がる巨大な分子雲の一部であり、独立したガス雲ではありません。たまたま密度の高い場所に恒星が生まれ、それに照らされて星雲が明確に見えているだけです。下の画像をご覧ください。M42の周辺にはこのように広い領域に渡って分子雲が存在しているのです。



(C)岩田裕美氏(この素晴らしい広視野のモザイク作品は岩田裕美氏が撮影されました)


右側の明るい領域が、M42です。これらが非常に明るく表現されているのに比べ、周りの分子雲は非常に暗いのがわかりますね。また、それぞれの星雲のガスの流れが局所的なものではなく、大きな流れの一部を見ているのだということもとてもよくわかると思います。これらの星雲とガス雲をオリオンアソシエーションと呼び、私達と同じオリオン腕という銀河系の同じ腕に属しています。その距離1600光年。宇宙の中ではお隣さんと言って良い近さです。ですので、これだけ詳細な構造を見て取ることができるのですね。全天で一番派手というのも、M42そのものが特別なのではなく、その距離故というわけです。

 
  1. 箇条書き項目まず、この作品、FLIのML8300カメラの第1号作品です。いわばファーストライト。記念すべき作品が出来上がりました。今回腰を据えて、今までいい加減にやっていたことを全て検証しつつ作業を進めました。とことん詰めて作業しました。RCOS+STL-11000Mの作品と比べて素晴らしい解像度感に仕上がりました。日本のシーイングだとちょうどよい組み合わせなのかもしれません。

  2. 箇条書き項目このM42ページを作っていて、どうしても広視野のガスまみれの画像が使いたくなり、友人の岩田さんにお願いして作品をお借りしました。ほんとありがとうございました。おかげさまで、M42が巨大な分子雲の一部なんだ!ということが伝わったと思います。こういうコラボレーションは非常に素晴らしいと思いました。とても一人では用意出来ない画像です。

  3. 箇条書き項目以下、今回の画像処理の要点を記しておきます。

  4. 1.良画像の選択
    MaxImDL5から実装された良画像選択機能はかなり優秀で、ほぼそれに頼り切って自動選択しました。目で確認しても同じ結果でした。

  5. 2.アライメントの精度 
    MaxImDL5のStar Machingが改良され、ズレ幅が大きくてもアラインされるようになりました。しかし、今回アライン後の画像を切り替えてみてみると、星が微妙にずれていることを発見。やはり、マニュアルで星を指定する方法でないとダメです。
    【鉄則】アライメントは、Manual 2 Starsですること

  6. 3.コンポジット前にAutoStretchでノーマライズ
    コンポジット前に各画像のレンジを精密に合わせることによって、SNがあがります。特にMedian合成や、SgimaClip合成を行う場合は、その効果絶大です。
    【鉄則】コンポジットはノーマライズを行ってから 
    詳細はTipsで紹介しました
     

  7. 4.シャドーハイライトによる暗部の引き上げ
    暗部を持ち上げるのに、フォトショップの「シャドーハイライト」を使っています。

  8. 5.PixInsightの画像復元
    PixInsightに、実装されているDeconvolutionプロセスは、マスクや輝度によりリンギング防止や、ウェブレット処理によるノイズ低減機能などが含まれ、大変優れた画像復元を行うことが出来ます。今までは、画像復元で発生するリンギングや暗部のノイズをフォトショップなどの後処理で隠していましたが、これを使うと一発でそのレベルに達することが出来ます。処理は、デジタル現像を行う前に行いました。こちらの方が結果が良い気がします。
     →詳細はTipsで紹介しました

  9. 6.精度の高い星マスク
    星雲と星の処理を分けることは必然です。星雲の構造を描き出そうとすると、星の周囲にリンギングが現れます。このため、精度の高い星マスクを得ることは、作品の質の向上において不可欠です。みなさんさまざまな方法で星マスクを作られていると思いますが、PixInsightにStarMaskというプロセスがあり、今回はこれも使ってみました。星雲などの星以外の構造物をキレイに消してくれるので、助かりました。明るい星から暗い星までいっぺんに作ることはまず不可能で、僕の場合は、「明るい星マスク」と「暗い星マスク」の2枚を抽出し、比較明合成で一枚の星マスクに仕上げています。

  10. 7.暗部の彩度アップ
    今回カラー画像に関しては明るいFということをあり(RCOS:F7.8->FSQ106:F5)、暗部まで色を出すことが出来ました。【絵作りの主題】にも書きましたが、色相の違いを出せることは絵の奥行きにも繋がります。SNがよくないとなかなか出来ることではありません、輝度マスクを反転し、暗部のみ彩度を上げるという処理を初めてしました。

  11. 8.解像感について
    まず100%スケールで、基本の画像を作り上げます。さて、問題はそこからです。そこからWeb用など、いろいろなサイズの画像を作って行きますが、その一枚一枚のサイズ毎に最適なシャープネス処理をかけています。結構手間ですが、画像サイズと解像度感は切ってもきれない関係にあるので、この処理はかかせません。

    【Point 1】
    フォトショップでの縮小アルゴリズムの使い分けが大切です。星像にB)を使うことはまずしません。
     A)バイキュービック法(ぼける・SNアップ/星像自然)
     B)バイキュービック法・シャープ(シャープに・SNダウン/星像不自然)

    【Point 2】
    シャープ系フィルターは、SNの問題がクリア出来ればトコトン強くかけることも出来ますが、かけ過ぎるとリンギングによって本来ないパターンが現れてきます。これの手前で処理を止める勇気が必要です。

    今回の作品では、A)で縮小をかけ、星雲のみに、シャープネスフィルターをかけています。

  12. 9.最後にフォトショップでのレイヤーウィンドウを載せておきます。

         

 
more large sizeM42_files/%40M42_FSQML_v03-Croped-50%25.jpg

もういちどM42そのものに視点を戻しましょう。

この画像で左上にある球形の明るい領域、実はこれM43という別の名前の星雲です。


星が誕生してまわりの分子雲を吹き飛ばすとすると、このM43はまだ生まれたばかりと推測することが出来ます。恒星から放たれた恒星風は、四方八方に均等に広がり球形の空洞を作ると考えられます。そして、その球体の内面は恒星の光りを受け、拡散反射で輝きます。この状態がまさにM43だと思われます。

そしてしばらくして、その球形壁面の膨張が、まわりを取り囲むガスの外面に達すると、ガス雲に穴が開くことになります。右下のM42は、まさにちょうどその状態だと思います。つまり、このM42の画像は、生まれ出た恒星が周りのガス雲を押し広げていくステップを時間差で見ているのではないかと思うのです。


M43もしばらくするとM42のように巨大な空洞として、その解放部を大きく見せてくれるでしょう。

といっても、数万年後でしょうが...(笑)



それから最後に、人工衛星の軌道軌跡についても書いておかなければなりません。

M42の下の方に、よく見ると、細いラインが横に走っているのが見えていると思います。これは、赤道上空にある静止衛星の軌跡です。今回、あえてこれを消す処理をしませんでした。というのも、見方によっては、人工衛星を写した!という価値もあると思ったからです。つまり、「静止衛星を手前に、1600光年先のM42を望む」という絵になるわけで、そう考えるとスゴイと思えます。ちなみに静止衛星なのに軌跡となって写るのは、衛星が地球に対して固定位置にあるため。望遠鏡は天球の動きをトラッキングしますから、逆に動いて見えるんですね。つまり地球の自転の軌跡ということになります。


面白いのは、この軌跡がある赤緯値です。

赤道上空にある静止衛星は、赤緯0度を地球の自転と同じスピードで回っています。であれば、赤緯0度付近に軌跡が見えるはずですよね。しかし、実際には、赤緯−6度付近になっています。赤緯0度と言えば、オリオン座のベルト(三つ星)付近です。これはなぜなのでしょう。


下の図をごらんください。一目瞭然。それは衛星が無限遠にないためです。





静止衛星までの距離は、35786km。今度オリオン座を見たら、こう想像してください。「自分の足下の遙か下の赤道から赤緯0度を指して伸びる長大なライン。それはちょうどオリオンのベルトあたりで天の赤道と交わる。そしてそこに行き着くかなり手前に、静止衛星がいる。」ということになります。


地球から静止衛星までの距離感が実感出来て、とても面白いですね。

 

【 絵作りの主題 】


 M42は、その絵作りによってまったく違う顔を見せる対象です。ある程度明るいので、調整幅が大きいせいでしょうね。今回の僕の主題は「輝度感」です。レンジの圧縮をあまりせず、M42では定番となっている多段階露光によるテクニックも使いませんでした。といっても暗部は、少し持ち上げてあります。その上で輝度感を大切にするために、コントラストを上げ、暗部を少し潰しました。コントラストが上がると彩度があがるという効果もあります。今回もうひとつのテーマが暗部の色表現。いつもは明部の彩度のみを強調するのですが、今回は充分なSNが確保できているので、逆に暗部の彩度を上げる処理をしています。この処理によって、色彩豊かな作品に仕上がったと思います。
 ここまで色彩を出すことにこだわるのは、色彩によっても、ディティールがアップするためです。同じ明るさのガスであっても、色が違うという表現が出来ると、情報量が格段に増え、絵の奥行きに繋がります。何がどういう色の光りを受けて光っているのか? 星の手前のガスがきちんとその星の光で照らされているか? そういうところをきちんと表現することによって、絵に立体感が生まれると思います。